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淡海の城(おうみのしろ)  第14号 平成20年(2008)8月5日発行

今号より会報の紙面を若干刷新いたしました。特別史跡安土城跡調査整備事業の終了にともない、「速報安土城」のコーナーを「速報 淡海の城」とあらため、今年度から開始する史跡観音寺城跡発掘調査や、その他の県内の城郭に関する最新情報をお知らせします。また「滋賀県安土城郭調査研究所だより」も、組織改編に伴い、「城郭だより」と名称を変更します。こちらは従来どおり、友の会事務局の担当者が、事業のレポートや調査研究の成果を紹介します。これからも引き続きお楽しみいたただけますよう、今まで以上に紙面の充実に取り組んで参ります。よろしくお願いします。

 

速報 淡海の城(1)−史跡観音寺城跡の調査がはじまります

シリーズ「淡海の城」(15)−箕作城(みつくりじょう)(滋賀県東近江市五個荘山本町)

 織田信長の上洛に対し、六角氏が立て籠もった観音寺城の東側には、以前にこの項で紹介した佐生城、和田山城といった観音寺城の防備を目的とした城がいくつか築かれていました。これらの城と同様に、観音寺山の南側にも信長の軍勢に備えた城がありました。それが今回紹介する箕作城です。箕作城は、佐久間信盛等が率いる軍勢が差し向けられ落城し、信長自身が入城したことが「信長公記」に残されています。この城への攻撃、落城がきっかけになって六角氏は甲賀へ逃亡したとされており、箕作城は歴史上重要な城郭であるといえるでしょう。

 南北二つの山からなる箕作山塊のうち、標高324.7mの三角点がある北側の頂部、通称清水山山頂付近から北東方向に連なる尾根上を中心に展開する遺構群が箕作城跡とされています。山頂から200m程離れた平坦地を持つ高まりには、大正時代に滋賀県保勝会によって建てられた「史蹟 箕作城阯」と刻まれた石碑があります。

 尾根上には郭と見られる比較的平坦な地形がいくつかあり、石垣や平坦な地形の端に堀切らしき地形を見出せる地点もあります。山塊南側の山頂付近にも、小規模な石垣や盛土による通路状遺構が残っていますが、箕作城に関連するものかどうかはよく分かりません。北側の山麓にも石垣が残る地点があり、山頂に向かう途中にも遺構が残るとされていますが、城跡との具体的な関係は詳しくつかめていません。残存する遺構はどれも小規模、不明瞭で、それらから縄張り等具体的な城の構造を伺うことは難しい状態にあります。ただ、遺構が残る尾根上からは観音寺城や佐生城、和田山城の眺望が大変良く、各城間の連絡に利便性が高い、城として有利な立地条件を有していることは明らかです。近隣の城だけでなく、山麓の東山道はもちろん、湖東山地から愛知川下流域、遠くは湖北方面の山々といった広い範囲が眺望の中に納まることから、この地点は監視、連絡に申し分ないことが伺えます。

 箕作山塊には宗教関連の歴史的な遺構も残っています。特に、聖徳太子建立伝承をもつ瓦屋寺は、山塊の南側山頂付近に伽藍を構えていることから、箕作山城と連携した活動も想定できます。

 箕作城へは麓の清水鼻、山本、建部の集落から山頂に向かう山道があります。JR能登川駅と近江鉄道八日市駅間のバスを利用すると、石塚〜伊野部間の各停留所から徒歩で山本、建部の登山口に向かえます。瓦屋寺から南側の山頂を経由して尾根伝いに城跡へ向かう道もあります。自動車利用の場合、国道8号線の南側にある各登山口に向かいます。ただし、登山口付近に駐車場はありません。山内には林道が通じていますが、一般車両は進入できません。なお、夏場の歩行の際はマムシや蜂等の生物に注意してください。(上垣)

 

城郭伝言板

城郭だより(15)〜レポート:史跡案内「安土 信長の城と町を歩く」

 前回の会報でお伝えしたように、5月24日(土)史跡案内「安土 信長の城と町を歩く」を開催しました。ここでは、その時の模様をレポートします。当日の予報は雨。朝のうちはまだ降っていませんでしたが、今にも降りそうなどんよりした天候です。午前10時出発でしたが、早い人は9時頃からやって来られ、43名の参加者がありました。

 午前中は安土駅をスタートし、安土宗論の舞台となった浄厳院へ向かいました。浄厳院では特別に本堂を公開していただき、本尊や多くの位牌を間近に見ることができました。その後、近江源氏佐々木氏の氏神である沙沙貴神社を経て、元安土村長だった伊庭慎吉が暮らしていた伊庭邸を見学しました。伊庭邸は住友家第2代総理事であった慎吉の父伊庭貞剛が建てさせたもので、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計です。こちらも普段は日曜しか公開していませんが、特別に内部を公開してもらいました。

 伊庭邸を出た後近江風土記の丘に向かいましたが、このあたりから雨が降り始めました。正午前に滋賀県安土城郭調査研究所に到着し、研修室で昼食をとりました。その後、午後の部がスタートするまでの間、各自で滋賀県立安土城考古博物館と信長の館を見学してもらいました。

 午後の部は特別史跡安土城跡の見学からスタートです。大手道を通り、伝羽柴秀吉邸跡、黒金門跡、信長廟、伝本丸跡を経て、天主跡に到着しましたが、あいにくの雨で、普段は見渡せる琵琶湖がこの日は見ることができませんでした。天主跡の見学を終え、ハ見寺跡を通って再び大手に戻り、この後山裾の道を通って城下町に向かいましたが、途中で昨年度調査・整備を終えたばかりの二つの虎口を見学しました。

 安土城跡をあとにした後、百々橋を通って旧城下町を見学しました。朝鮮人街道に沿って進み、新宮神社、セミナリオ跡、惣構どて推定地、常楽寺港跡を経て安土駅前の観光案内所で解散しました。昼前から降り出した雨も、いつしか小降りになり、旧城下町を見学するころにはすっかりやんでいました。安土駅に到着したのはちょうど午後4時過ぎ、タイミング良くやってきた電車に乗って、参加者の皆さんは帰って行かれました。回収したアンケートを見ると、皆さん大変満足されたようで、これからも続けて欲しいという意見がほとんどでした。今後も、新しいコースを取り入れながら、史跡案内を続けていきたいと思います。最後に雨の中ご参加いただいた方に、心よりお礼申し上げます。(松下)

※史跡案内の様子は、「最新情報」のページでご覧いただくことができます。こちらからどうぞ。

 

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