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シリーズ「淡海の城」(8)−井元城(いもとじょう)(滋賀県東近江市愛東町妹)

 井元城は、前回ご紹介した青山城と同じく、愛知川北岸の河岸段丘上に位置する城郭です。文献資料にも記載が無く、城主や築城時期などは不明ですが、滋賀県の中世城郭分布調査で初めて発見され、地元の愛東町教育委員会(現東近江市教育委員会)による発掘調査で堀や土塁などが検出されています。
 城の構造は方形の区画を土塁と空堀で囲んだ簡単なものですが、注目すべきは虎口部分です。虎口(こぐち)の外側をコの字形に堀と土塁をめぐらせたいわゆる角馬出(かくうまだし)がありますが、さらにその外側にもう一つの角馬出が設けられた「重ね馬出」となっているのです。重ね馬出の類例は全国でも珍しく、虎口の形態としてはもっとも発達したものです。そうしたことから、単に一在地土豪の手によるものではなく、大きな権力が関わっている可能性が高いと考えられます。

 重ね馬出の土塁と空堀

 井元城跡縄張図

 そうしたことを踏まえて考えると、井元城付近が大きな権力の動きに巻き込まれた事件としては、元亀4年(1573)の織田信長による鯰江城攻めがあります。観音寺城を逐われた六角義治は鯰江城に拠って蜂起します。これに対し信長は四方に付城を構築して攻撃します。位置関係からみて、井元城はこの付城の一つである可能性が高いのではないでしょうか。発掘調査で16世紀の遺物が出土していることも、そうした推測を裏付けます。
 井元城跡へは近江鉄道八日市駅下車、湖国バス愛東循環線(南回り)の妹で下車すぐです。停留所前の春日神社の背後の崖の上にあります。春日神社に向かって左手の空き地内から斜面を登っていく坂道があり、坂道を登り切ったあたりで、郭を囲う空堀の底につながっています。なお、バスの本数が少ないため、あらかじめ時刻表を確認しておくことをお勧めします。また車でお越しの場合は、名神八日市インターから国道421号を永源寺方面に行き、御園交差点を左折し、愛知川を渡り、妹南交差点を左折してすぐ、道の北側に春日神社の鳥居が見えます。(松下)

 

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